福岡高等裁判所那覇支部 平成8年(ネ)1号 判決 1996年11月19日
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の原審における請求並びに当審で追加及び拡張された請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨。
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人に対し、一一五〇万円及び内九三〇万円に対する平成六年九月一〇日から、内九〇万円に対する平成七年五月二七日から、内一三〇万円に対する平成八年六月一日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人が野底幸子、野底妙子、野底宗隆及び野底明日香に別紙支払金目録記載の金員を支払った場合には、右支払額と同額の金員を支払え。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、トラック上に積まれた鋼管杭をクレーン車で吊り上げて荷降ろしする際、トラックの荷台上で玉掛け作業をした後地上に飛び降りようとした被害者に、吊り上げた鋼管杭が落下して当たり、被害者が死亡したという事故について、クレーン車の保有者である被控訴人が、別件訴訟において成立した和解に基づき、被害者の相続人ら(野底幸子、野底妙子、野底宗隆及び野底明日香)に支払った損害賠償金一一五〇万円及び平成八年六月から平成一一年四月まで毎月二五日限り支払うべき各一〇万円合計三五〇万円について、自動車損害賠償責任保険の保険会社である控訴人に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一五条に基づき、保険金の支払を請求(後者については被控訴人の損害賠償金の支払を条件とする。)するとともに、右一一五〇万円の内九三〇万円に対する訴状送達の日の翌日である平成六年九月一〇日から、内九〇万円に対する原審における訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成七年五月二七日から、内一三〇万円に対する最後の弁済をした日の翌日である平成八年六月一日(なお、当審において請求の趣旨を変更した準備書面が送達されたのは平成八年六月一八日である。)から各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 争いのない事実等
次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実及び理由欄の「第二 事案の概要」のうちの「一 当事者間に争いのない事実等」(原判決二枚目表一〇行目から同三枚目表一行目まで)に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
原判決二枚目裏一行目の「被告」を「損害保険事業等を営む株式会社である控訴人」に改め、同三枚目表一行目の次に改行の上、同八枚目裏二行目から同九枚目表四行目までの部分(原判決添付別紙和解調書を含む。)を加え(ただし、同八枚目裏二行目冒頭の「12」を「4」に、同四行目から同五行目にかけての「訴外波照間、訴外山本、訴外大浜、訴外三協建設」を「訴外波照間健弘、訴外山本建設工業こと山本剛、訴外大浜三千人、訴外株式会社三協建設」にそれぞれ改め、同九枚目表二行目末尾に「[甲一一の1、5、一二、弁論の全趣旨]」を加え、同三行目冒頭の「13」を「5」に改め、同四行目末尾に「[甲一三の1、2]」を加える。)、その次に改行の上「6 被控訴人は、右和解に基づき、亡野底の相続人らに対し、別紙弁済状況一覧表のとおり、平成八年五月三〇日までに合計一一五〇万円を支払った。[甲一二、二〇の1ないし41]」を加える。
三 争点
次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実及び理由欄の「第二 事案の概要」のうちの「二 争点」(原判決三枚目表三行目から同四枚目表七行目まで)に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
原判決三枚目表六行目の「たまたま」の次に「建設工事業者の側で玉掛け作業員を配置していなかったため、好意で」を加え、同裏一行目の「一〇三〇万円」を「一一五〇万円」に、同二行目の「四七〇万円」を「三五〇万円」にそれぞれ改め、同六行目の次に改行の上「なお、亡野底の相続人らが本来損害賠償請求できる額は、少なくとも、亡野底の逸失利益三一五二万三四二一円(亡野底の本件事故前の年収二六九万四八〇七円に稼働可能期間三七年間のライプニッツ係数一六・七一一二を乗じ、生活費控除率三〇パーセントを控除したもの)、死亡慰謝料二二〇〇万円、葬儀費用一二〇万円、弁護士費用五四〇万円の合計五九九二万三四二一円であり、被控訴人の責任は、他の業者より重いことはあっても軽いことはないから、被控訴人が別訴和解による亡野底の相続人らに対し支払義務を負った一五〇〇万円は、被控訴人の損害賠償責任の範囲内のものである。」を、同四枚目表五行目の「亡野底の過失は」の前に「玉掛けの免許を有する亡野底は、玉掛けワイヤーロープの長さが適正であったか否か確認し、短ければフック部分にシャックルを取り付け、また、吊り荷の下に絶対に立ち入らない注意義務があったにもかかわらず、これらを怠ったものであるから、」をそれぞれ加える。
第三争点に対する判断
一 証拠(甲一ないし九、一一の3、4、一四、一五、乙一の1ないし3、二、三、証人波照間健弘、被控訴人本人)及び弁論の全趣旨を総合することにより認められる事実は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実及び理由欄の「第三 争点に対する判断」「一」の「1」ないし「11」(原判決四枚目裏二行目から同八枚目裏一行目まで。原判決添付別紙図面(以下「別紙図面」という。)一、二を含む。)に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
原判決五枚目裏四行目の「沖縄県労働基準協会」を「社団法人沖縄県労働基準協会」に、同六枚目表一行目の「本件鋼管杭の荷降ろし場所について指示を受け」を「本件鋼管杭を別紙図面一の『盛土』と記載されている場所に荷降ろしするよう指示を受け」に、同三行目から同四行目にかけての「他の指示等は一切しなかったので」を「他の指示等は一切することなく、現場の他の作業場所に立ち去ったので、荷降ろし作業をする者は、訴外波照間のほか、訴外山本の従業員である訴外根間清徳(以下「訴外根間」という。)しかおらず」にそれぞれ改め、同八行目の「訴外波照間は、」の次に「運転台を南側に向けたまま」を、同九行目の「巻き下ろす操作をした後、」の次に「運転台から降りて」をそれぞれ加え、同末行の「そして、亡野底が」を「そこに、亡野底が、荷降ろし作業者が足りないことから玉掛け作業の手伝いをしようとやって来て」に、同裏四行目から五行目にかけての「訴外山本の従業員である訴外根間清徳(以下「訴外根間」という。)」を「訴外根間」にそれぞれ改め、同九行目の「運転席に戻り、」の次に「南側に向いていた運転台を左旋回させながら」を、同八枚目裏一行目の末尾の次に「また、当然のことながら、亡野底が、吊り荷の下に立ち入らなければ、本件事故は起こらなかった。」を、その次に改行の上「12 一般にクレーンによる荷降ろし作業においては、クレーン運転手、玉掛け作業者(玉掛けをする者及びこれを外す者)が一体となって作業をすることが重要である。」をそれぞれ加える。
二 そこで、本件クレーン車による鋼管杭の吊り降ろし作業中の本件事故が、自賠法三条にいう「運行によって」生じたといえるか否かについて検討するに、前記認定によれば、本件事故は、本件クレーン車の固有の装置であるクレーンをその目的に従って操作している際に発生した事故であるから、本件クレーン車の運行によって生じたものということができる。
三 次に、亡野底が、自賠法三条にいう「他人」に該当するか否かについて判断するに、同条にいう「他人」のうちには、運転者、すなわち、他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事する者(自賠法二条四項)は含まれず、右固有の装置であるクレーンを操作したのは訴外波照間であるから、本件においては、本件事故の際、亡野底が本件クレーン車の運転の補助に従事する者であったか否かが問題であり、以下これにつき検討する。
1 前一の認定事実に基づいて、本件事故が発生するまでの経過の概略をみると、まず、本件鋼管杭は、訴外琉金商事が訴外三協建設に売り渡したものであって、亡野底が勤務していた訴外石垣港運は、右売主である訴外琉金商事から本件鋼管杭を工事現場まで運搬することを請け負い、亡野底は、本件事故当日、本件鋼管杭一〇本を積んだ最大積載量が約一〇・五トンの本件トラックを運転して、工事現場に運んだものであり、本件鋼管杭の荷降ろし作業は、本件クレーン車を使って、訴外山本又は被控訴人の従業員が行うことになっていた。したがって、亡野底が本件鋼管杭を本件トラックから荷降ろしすることは同人の業務ではなかった。ところで、本件鋼管杭一本の重量は約二トンで長さは一一メートルを超えるもので、このように長大な重量物をクレーンを用いて荷降ろしするには、少なくともクレーンを操作する者と本件鋼管杭に玉掛けをする者が必要で、これらの作業要員が、協働して作業を遂行しなければならないものである。そして、本件事故は、本件クレーン車のクレーン装置を使って本件トラックから最初の本件鋼管杭一本の荷降ろし中に発生したものであるが、この鋼管杭の玉掛けは亡野底と訴外山本の従業員訴外根間が行い、クレーンは被控訴人の従業員訴外波照間が操作していたもので、訴外波照間が、玉掛けされた右鋼管杭を吊り上げ、これを右旋回させようとしたとき、吊り具であるワイヤーロープが本件クレーン車の補巻フックから外れ、鋼管杭後部が地上に落下し、引き続いてその前部のフック掛けも外れて、鋼管杭全体が落下し、丁度地上に降りようとした亡野底に当たり、同人は内臓破裂により数時間後に死亡したものである。
2 ところで、重量物の吊り上げ等については、本件事故のような危険が伴うものであるからクレーン操作はもとより、玉掛けについても十分な知識と技能を有する者がこれを行う必要があり、法は、本件のように吊り上げ荷重が一トン以上の(移動式)クレーンの玉掛けの業務については、事業者は所定の玉掛技能講習を修了した者など一定の資格を有する者でなければこれにつかせてはならないとし、また、右の有資格者以外の者はこれを行ってはならないと定め(労働安全衛生法六一条一項、二項、同法施行令二〇条一六号、労働安全規則四一条)、右各違反に対し刑事罰を課しているのである(同法一一九条一号、一二〇条一号)。
そして、前認定事実によれば、亡野底は、移動式クレーン特別教育と玉掛技能の各講習を、訴外波照間は、玉掛技能講習をそれぞれ受けている者である。
3 次いで、亡野底が本件クレーン車による本件鋼管杭の荷降ろし作業にどの程度関与していたかをみると、前述のとおり、亡野底の業務としては、本件鋼管杭の荷降ろし作業は含まれていなかったものの、荷降ろし作業に従事する人手が足りないのを見て、自分に玉掛け業務を行う資格があることから、これを手伝うこととし、本件トラックの運転席から降りて、二本のワイヤーロープをクレーンの補巻フックに掛けている訴外波照間のところに行って、最初に降ろす鋼管杭は一番上に積んである西側寄りのものにするのがよいのではないかと提案した。亡野底は、この提案を受け容れた訴外波照間からワイヤーロープの端に鋼管杭を玉掛けするように言われてフックとシャックルを渡され、訴外根間とともに右ワイヤーロープの各端にフックとシャックルを取り付けた。その後、訴外波照間は、本件クレーン車の運転席に戻り右ワイヤーロープの下端部が最初に荷降ろしをする鋼管杭の中央部分に来るようにジブを移動させワイヤーロープを調整していたがその間に、亡野底は、本件トラック荷台の運転席側前部に登り、荷台後部に登った訴外根間とともに、鋼管杭の両端にワイヤーロープの下端の各フックを引っ掛けて玉掛けをした。その後、訴外波照間が鋼管杭を吊り上げ右旋回させようとしたとき、右鋼管杭の下をくぐって本件トラック荷台から地面に飛び降りようとした亡野底の上に、前述のように鋼管杭が落下して本件事故が発生したものである。
4 右1に延べたように、本件鋼管杭を荷降ろしすることは、同人の業務ではなく、また同人が他社の従業員であり右荷降ろし作業をする訴外波照間の指揮命令を受ける地位にあったものでもないが、本件のようなクレーンを利用した重量物の荷降ろしは、玉掛けを含めた作業員の協働作業であり、わけてもそのうち玉掛け作業では荷降ろしに伴う危険が発生するのを未然に回避することが不可欠であり、それゆえに法は事業者に対し、有資格者による玉掛け業務を義務づけているところ、前1ないし3に述べたとおり、この玉掛けの資格、技能を有する亡野底は、自ら進んで、訴外波照間に対し、最初に降ろすに適した鋼管杭について提案をし、その後は、訴外波照間の指示を受け、亡野底自身の判断と技能に基づいて玉掛け作業を行い、本件クレーン車の装置を使った荷降ろし作業の一部を分担したものである。
そうすると、亡野底は、被保険車両である本件クレーン車の運転の補助をした者というべきであり、自賠法三条の「他人」には該当しない。
5 被控訴人は、亡野底は、本来の業務でない玉掛け作業を一時的にしかも好意で行ったにすぎないから職務上運転補助者の地位になかったと主張するが、右の玉掛け作業の特殊性、危険性にかんがみると、いやしくも玉掛け業務を行う資格のある者が玉掛け作業に従事する場合には、それが本来同人の行うべき業務でなく好意でしかも一時的に携わったものであるとしても、クレーン車の運転の補助に従事する者であることを否定することはできない。
また、被控訴人は、本件事故の原因は訴外波照間の注意義務違反にあるのであり、亡野底には何らの落ち度もないから亡野底を運転補助者として他人性を否定する解釈をとるべきではないと主張するが、自賠法三条の「他人」該当性が亡野底の過失の有無やその程度によって影響を受けるとは解せられない。なお、前記認定事実によれば、本件事故は、訴外波照間において、本件鋼管杭に適したより長いワイヤーロープを使用しなかった、又は、補巻フック部分にシャックルを取り付けなかったという過失と、亡野底において、吊り上げられた鋼管杭の下に立ち入ったという過失とが競合して発生したのであり、玉掛け業務を行う資格を有する亡野底の過失の程度は決して小さいものではない。
そうすると、亡野底は、自賠法三条にいう「他人」には含まれず、したがって、本件クレーン車の保有者である被控訴人が、民法七〇九条、七一五条により、亡野底の相続人らに対し、本件事故について損害賠償の責を負うか否かは別として、自賠法三条により損害賠償の義務があるとはいえないから、控訴人は、被控訴人が別訴和解に基づき亡野底の相続人らに支払った、あるいは、支払うべき損害賠償金について、これをてん補する義務はないといわなければならない。
四 よって、その余の主張事実について判断するまでもなく、被控訴人の控訴人に対する原審における請求並びに当審で追加及び拡張された請求は、いずれも理由がなく棄却すべきであるから、原判決を取り消して被控訴人の原審における請求を棄却し、当審で追加及び拡張された請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩谷憲一 角隆博 伊名波宏仁)
支払金目録
被控訴人が、野底幸子、野底妙子、野底宗隆及び野底明日香に対し、那覇地方裁判所石垣支部平成三年(ワ)第三〇号損害賠償請求事件において成立した和解条項第五項(2)に基づき、平成八年六月から平成一一年四月まで毎月二五日限り支払うべき各一〇万円合計三五〇万円。
弁済状況一覧表